元湯陣屋の従業員を巻き込んだ変革プロセスとは? 

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前回に続き、日本CHO協会主催のオープンフォーラム「鶴巻温泉 元湯陣屋の旅館改革は何故成功したのか」の内容をお届けします。(全2回)

変革ではなくイノベーションを起こす

林:宮﨑さま、ありがとうございました。実は私、宿泊客として陣屋さんを利用させていただいたことがあります。ですから、とても素敵で伝統的な旅館ということは存じあげていたのですが、裏側にはこういった仕組みがあり、AIやIoTも活用していたというのは本当に驚きです。

では、ここからは特に「人」と「働き方」について、どのように「変革」を進めてこられたのか伺ってみたいと思います。この後のお話を整理していくためにも、参考までに、ハーバード・ビジネス・スクール教授のジョン・コッターの理論をご紹介させてください。これは、企業変革を成功させるには、以下の8段階のステップを踏んで進めていくと良い、というものです。(1)危機感を高める、(2)変革推進チームを作る、(3)適切なビジョンを作る、(4)ビジョンを周知徹底する、(5)従業員の自発的な行動を促す、(6)短期的な成果を生む、(7)さらに変革を進める、(8)変革を根付かせる、となっています。

さて、宮﨑さんご自身、最初は継がないはずだった旅館を継ぐように言われ、かつ負債が10億円だったという状態について、最初にどう思われましたか?

宮﨑:実は継ぐように言われたわけではないんですが、「継がないとまずいな」と。当初はM&Aも考えていました。でも、状況が状況だけになかなか買い手がつかなかったこともあり、「じゃあ、人にお任せして厳しいことになるよりも自分たちでやったほうがいいだろう」と。誰かにお任せして「ごめんなさい、できませんでした」なんて突然言われたら夜逃げの準備もできないと思いまして(笑)。自分たちでやれば、いつ資金ショートをするのか逆算することもできますし、逃げる時間ぐらい稼げるんじゃないかと(会場笑)。そんな気持ちもあって、自分たちでやろうという決断を致しました。

林:パソコンを使える方が1人しかいないところから改革を進められたわけですよね。この変革を、誰か一緒に考えてくださった方はいたのでしょうか。ご夫妻でどういった役割分担をしていらしたのかも含めて伺いたいと思います。

宮﨑:実はコンサルさんにはお世話になったことがありません。数多くの方からアプローチはございました。いろいろとご提案もあったんですが、当時は「これは陣屋で展開できそうだな」といったアイデアに出会うこともできず、結局お願いしませんでした。経費削減ということもあって、お願いできるリソースがなかったというのもあります(笑)。それで「自分たちでやれるところからやっていこう」と。

主人と私の役割分担に関して言えば、主人はホンダでエンジニアをしていたこともありますので、どちらかというとクリエイティブなところが得意でした。私のほうは0から1を生み出すのはそれほど得意ではないので、じゃあ、生み出された1を5や10にしたりする部分を引き受けようと考えました。そんな風にして、自然と役割分担がなされていったという面があります。

林:これだけの変革を、しかも旅館業を経験したことのないお2人が自分たちだけの力で進めたというのが本当に驚きです。単なる変革でなく、もはやイノベーションとも感じます。『イノベーションのジレンマ』の著者であるクレイトン・クリステンセン教授は、後の著書『イノベーションのDNA』の中で、「イノベーティブなアイディアを生み出すモデル」を紹介していますが、今回の改革は、そのモデルでも説明できるように思います。まず現状に異議を唱え、リスクを取って、改革しないと明日がないといったことを訴えていったわけですね。そして旅館業と異なる新たな視点も持ち込んでいった。

そうした視点で見ていると、それまでの業務に関しても「なぜこんなことをやるんだろう」とか、素朴な疑問が湧いてくるわけですね。ただ、そこで「そんなおかしなことをやって…」と言ってしまうのでなく、上手に「これはどういった理由でやっているんですか?」と、質問を重ねていったのだと思います。その過程でいろいろな気づきが生まれるとともに、「これはおかしいよね。もっとこうしたほうが良いのでは?」という話になる。そうして諸々のネットワークも使いつつ、最後は「実験する力」も発揮していった。

ヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションを「新結合」という言葉で表現していますが、これまでになかったものを組み合わせることで、陣屋さんはまさにイノベーションを起こしてきたのだと思います。

さて、「今の陣屋はこれだけ大変なんだよ」ということを従業員の皆さまにお伝えしたというお話がありました。そこではいろいろなリアクションがあったと思いますが、「これから大きく変えていく」ということに対して、抵抗されるようなことはなかったのでしょうか。

宮﨑:抵抗というのは、当初はあまりありませんでした。それよりも「寝耳に水」のような感覚というか。それまで関心がなかったと思うんですね。今まで数十年間続いていたわけで、「これからもなんとか続くんじゃないか」「最終的にはオーナーが頑張ればいいんじゃないか」って。でも、そこで「あ、本当に大ピンチなんだ」と、改めて気づいた。ですから反対したりする方はあまりいらっしゃらなかったというか、そこまでの考えに至っていなかったという説明が一番近いのかなと思います(笑)。

林:ただ、いわゆる抵抗勢力というのはいろいろなところにいますよね。組織の一部には押しても引いてもまったく変化しない人たちがいて、そうした人たちによる無言の抵抗で変革がうまく進まないという例もあると思います。あるいは、何かの情報を独占的に握ることで状況をコントロールしていたような人たちが、情報をオープンにされることによってそれまでの良い思いができなくなる、と。そこで抵抗に至るというケースもあるように思います。そうした個々の問題に対して何か対応されたことはありましたか?

宮﨑:「やります」と宣言した時点ではあまり反対もありませんでした。ただ、いざ動き出すと、「あれをやりましょう」「これをやりましょう」と、今までとまったく違うことを言われて慌ててしまった方は正直いらっしゃいます。たとえば、それまで1つの仕事しか担当していなかったパートの方に「今後はこんなこともお願いします」と言っても、「仕事が増えるから嫌だ」と、単刀直入に「NO」を返してくる方もいたりして。

ですから、そこは一人ひとり、いつも個人面談という形でお話ししたりしていました。あとはもう問答無用で人事異動をしたり。「嫌だ」と言っても動いていただくという(笑)。「あの人と一緒のところは嫌だ」とか、人間関係含めて悲喜こもごも、旅館にはいろいろあるんですね。ただ、そういった部分については、「だってそんなこと知らなかったし。もう決めちゃったもん」って(笑)、どんどん進めていくということはやっていました。

もちろんそこでいろいろな意見は出てきました。直談判にくる方もいましたし、女性が多い職場というのもあって感情的になってしまう方もいて。もちろんそこでお話は聞きますし共感もしますが、直ぐに取り下げる位なら現場が混乱するだけなので、一度決めたら結果が出るまで変えないという。そういうことの繰り返しでした。

従業員全員で社是をつくる

林:ここまでのお話で、しっかりと厳しい現状を説明したり、それに合わせた人事異動を敢行するなど、コッターの変革ステップ(1)の危機感を作る、ということをなさったようですね。変革の機運をつくるという点についてはいかがでしょう。変革ステップ(2)の変革チームとしての宮﨑さんご夫妻に加えて、たとえば第三者の方に加わっていただいたようなケースはありましたか?

宮﨑:デザイナーさんにお願いしたことはあります。最初はパンフレット刷新のお打ち合わせをしていたんですが、そこでデザイナーさんに「陣屋さんには社是はないんですか?」と聞かれたことがあります。当時はなかったんですね。数十年間、ぼんやりとした共通理念はありましたが、ホンダの「The Power of Dreams」ですとか、東芝の「Leading Innovation」のような、「企業がこのゴールに向かいます」という社是はありませんでした。

そこで、デザイナーさんに協力いただきつつ、従業員120人全員にインタビューを行いました。パートさんにも社員さんにも。私たちが一緒だと言いづらいこともあるかと思ったので、私たちはその場に加わらず、デザイナーさんに「あなたにとって、陣屋の好きなところ、好きではないところはどこですか?強みだと思うところ、弱みだと思うところはどこですか?」等々、もう就活生の方々に伺うような質問を全員にしてもらいました。

そこから出てきた答えを、名前は伏せつつすべて公表して、言葉をいろいろ集めたうえで、短くつないでいった結果が、「物語に、息吹を」になります。そうした作業を経て、「これからいろいろなことを変革して決めていかなければいけないので、ここを目指すという総意のもとに行っていきます」という形にしていきました。

林:「物語に、息吹を」ですか。変革ステップ(3)として、変革に向けた、素敵なビジョンを作られたのですね。ポイントは皆さんで考えていったというところかなと感じました。そうしてできたビジョンに照らしたとき、何をするべきか、せざるべきか、判断できるようになるということですね。そんな風にして変革ステップ(4)で周知徹底しどんどん変革していったわけですが、「あ、これは良い方向に変わってきたな」と感じたのはどんなときでしたか?

宮﨑:黒字転換できたのは約3年後です。暗中模索のような気持ちでやってきた従業員の方々にも、「あ、これでいいんだ。方向性は間違ってなかったんだ」という手応えを感じていただけるようになったというのはあります。それまでは紙から脱却してデータベースに打ち込むということもしていたわけですが、「やっぱり紙のほうが便利」ということで皆さん紙に戻りたがっていたわけですね。ですから一生懸命それを阻止してお客さまのデータを蓄積してもらうということをしていました。

でも、データに情報を残したお客さまが次にいついらっしゃるかは分からないわけで、打ち込んだ情報を活用できるシーンに当初はなかなか出会えませんでした。ですから、そうしたデータがきちんと回るようになるまでが一番しんどい時期だったというか。当初はそれが正しいという成功体験を従業員の方々に積んでいただくことができなかったので。

ただ、そこから少しずつお客さまにリピートしていただき、データが活用できるようになると、「もっとこういうところを記録に残しておけば良かった」「お客さまにもっとお話をさせていただいて、いろんな情報を引き出しておけば良かった」とか、そうしたシーンがたびたび出てくるようになります。すると、従業員の方々も自主的に「どんどんお客さまとお話ししてデータを貯めていこう」となる。そうして得た情報を従業員同士で共有して、お客さまにもっと喜んでいただこうという流れが3~4年目から加速していったというのがあります。

変革を止めず週休3日制へ

林:やはり変革では最初の段階で負荷がかかると思います。新しいことや、やりたくないことをやらなくてはいけなかったりして。ですから、徐々に社員に動くようになった結果、短期的に、小さくてもいいから、まずはサクセスを経験させるというのもすごく大事になると思いました。陣屋さんの例からは、まさに変革ステップの(5)(6)が読み取れます。そんな風にして、ご苦労もあったなかで非常にうまく変革を進めてきたわけですが、陣屋さんはそこで終わらず、今度は週休3日ということを導入されました。

宮﨑:はい。3~4年休まずに働きますと、やはり体のほうにも差し障りが出てきまして。また、従業員のほうも疲れてくるとなかなかモチベーションが長続きしないということがあったんですね。それで、お客さまの満足度が向上しても従業員満足度が向上せず、定着率の低さがなかなか解消できないという状態になっていました。人に教えながら自分の仕事も進めようとすると150%の力で頑張らなくてはいけないんですが、常にそれを求められると、やはり残ってくださっているメンバーの方々も疲弊していくので。

そういうことを繰り返すサイクルから脱出したいと思い、2014年から旅館に定休日を導入しました。ただ、それも最初は火曜日と水曜日だけだったんですが、いざ実施してみると月曜日に宿泊するお客さまのチェックアウトで火曜日に何人か出社しなければいけなくなるんですね。それで実質的な休みが1.5日になってしまうメンバーもいて、「これはいけない」と。これで「週休2日」と言うと嘘になってしまうと思いまして(笑)、それなら月曜日も休みにしようということで、現在は週3日の宿泊休業という形にさせていただいております。

林:普通であれば「借金を早く返さなければいけないから儲けなくちゃ」という風に考えるような状況だったと思います。むしろ「いや、休みを減らしてもっと働こう」とか、「もっと営業日を増やそう」とか、そういう人もいると思います。でも、その逆の決断をなさったわけですよね。休日を増やしたことで、どういった効果があったのでしょうか。

宮﨑:たくさんありました。やはり気持ち的に週に1度の区切りができるというのはすごく大きくて、まずはそれで踏ん張りが効くようになりました。「明日から休みだし、今日はもう少し頑張っておこう」みたいな。「あちらのお客さまにはここまでできたのに、こちらのお客さまにはここまでしかできない」というのは、やっぱり嫌なんですよね。そこで同じサービスをきちんと提供するために、なんとか踏ん張るということもできるようになりました。

あと、一斉にお休みを取ることができるので、常に同じメンバーで営業できるというのもあります。スポーツで言うところの同じレギュラーメンバーでお店をオープンすることができるので、補欠なしでチームワークを高めることができ、生産性を高めることもできました。

あるいは、たとえば定休日を使って展示会等に行ったりするスタッフもいます。もちろん体を休めるのもよし、アルバイトや副業も許可していますし、休みは好きなことをやっていいという形です。そこで自由に出掛けていって、いろいろなお店に行って「このお店のメニューがすごく良かった」といった報告をしてくださったりする方もいますね。

林:そのあたりは、「変革を継続的に進め、根付かせていくためにはどうすれば良いか」ということのヒントにもなると感じます。多くの変革が失敗するのは、変革の前段階でスモールサクセスが出てきたとき、多くの方が安心してしまうところにもあると思います。しかし慣性の法則というのは恐ろしくて、安心しているうちに元に戻ってしまうことがある。ですから、そこで手を緩めず、さらに変革が定着するようにしていくことが大切なのだと思います。

ただ、陣屋さんはそこで休まず無理をして変革を続けようとするのではなく、逆にきちんと休むことでサステナブルに改革を進められるような「働き方改革」をなさいました。また、社員の方々が外に出て新しいことを学び、それを組織に還元するという流れもつくっていらっしゃいます。新しい学びを組織のなかに入れていくということも、文化として定着しているわけですね。そうしたことを変革の第2段として進めていたことが、今回の大改革が永続的に続いている1つの大きなポイントでもあるように感じます。ここが、まさにコッターの変革ステップの(7)(8)に当たる訳です。

さて、ハーバード・ビジネスス・クールのジェームズ・ヘスケット教授は、サービス・プロフィット・チェーンを解説した著書のなかで、「サービス企業で大切なのは、まず従業員へのサービスを最大限にして従業員満足をさせること。それが、そのあとお客さまにエクセレントなサービスをすることにつながっていく」と述べています。まさに宮﨑さんが実行された通りですね。社員の方々が陣屋という職場に対して大きな愛着を持ち、満足して、しっかり休養も取って、充実した気持ちで最高のパフォーマンスを見せていらっしゃる。

宮﨑:当初は意識していなかったんですが、途中から「倒産は免れたので次は永続的に企業を続けていく方向へギアチェンジしよう」と考えるようになりました。そこで「今までと同じように効率性を求めるだけの運営方法では続かないな」と。きちんと休暇を取って良い生活を皆で送りたいと思い、陣屋でも「働き方改革」を進めました。現在はCS(顧客満足)とES(従業員満足)、そしてプロフィットをバランス良く、すべて高めていくことが必要だと考えていますし、ここで世界一になりたいと本気で思っています。

林:「働き方改革」というと、「従業員の方々にラクをしてもらう」といったような方向だけに進んでしまいがちですが、実はそうではない、と。陣屋さんの例を見ても分かる通り、働き方改革で重要なのは、生産性を高めて質の良い仕事をしていただくことなのだと思います。それによって従業員の方々が会社のために頑張ってくださって、それで良い結果が出てくるわけなので、これは企業としても大きなメリットがある。大切なのはそういう改革を進めることなのだと、改めて感じます。

情報を平等に伝えることでマルチタスク化を実現

林:最後に宮﨑さんから会場の皆さまへのメッセージを、陣屋さんがこれから目指す姿と併せてお伝えいただければと思っております。

宮﨑:従業員の方々によるマルチタスク化への第一歩ということを考えると、そこですごく大切なのは情報共有手段が公平に与えられていることだと思います。なぜ情報共有が必要なのか。たとえば、従業員の方が20人いらっしゃるのにコスト削減のためにライセンスは3つでいいと考える事業者さまもいらっしゃいます。しかし、それをやると情報共有ができず情報格差が生まれ、(情報を持つ特定の人に)優越感が生まれてしまいます。

会社としては組織をなるべくフラットに保ちたいのに、(ライセンスを持つ)フロントのほうから仕事の指示が出ると、接客係や清掃係が卑屈になってしまったりします。「なぜ、そんな風に言うことを聞かされないといけないんだ?」となってしまって、マルチタスクの取り組み自体を阻害してしまう面があります。

ですから陣屋では全員にライセンスを配布し、全員に同じ情報を開示しています。その結果、従業員の方々の主体性も高まり、自ら動いてくれる状況になっていきました。ですから「情報の開示具合は組織の透明度と比例する」ということを、最近は痛感しています。

今後についても1つ。先ほど動画でもご紹介した「JINYA EXPO」というのは、旅館同士で助け合うためのネットワークです。自分たちだけでは解決できない問題について、施設の枠を超えて助け合えないか、と。たとえばサービス提供で必要な食材や備品について、小さな旅館ではロット数をまとめることができず、単価が高くなってしまう面があるんですね。そこで、陣屋が契約している仕入先から集中的に購買し、他のお宿さんへ分配することで単価を抑えたりする仕組みです。

労働力に関しても同じことが言えます。広くチェーン展開している企業さんでない限り、宿泊業では季節的な集客の波に対応して労働力をまかなうのが非常に難しいという問題があります。しかし、「陣屋コネクト」をご利用いただいている北海道から沖縄の施設まですべてを含めると、トップシーズンがずれるはずなんですね。そうしたネットワークのなかで、研修も兼ねて人材を互いに補うことはできないかと考えました。これがすごくうまくいっています。違うところで働くことによって、その方のスキルアップにもなりますし、違う宿のノウハウを持って変えることができるので、人員を提供する側にもメリットがあるんです。

ですから、今後はこうした取り組みをもっと活性化できないかということも考えています。旅館数は実はこの10年間で25%減ってしまっているのですが、こうした取り組みを広げながら、旅館業界が現在抱えている問題の解決も手伝えないかなと考えています。

林:ありがとうございました。

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