働く個人と会社の関係性~キツネとタヌキの化かし合いを超えて 

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個人と会社私は、経済雑誌の記者をやっていた7年、そして企業内研修事業をやってきた15年、その間にいろいろな会社を見てきました。私は「働く個人と会社の関係性」を次のような3つの極でながめています。

1)「蟹工船」の極
2)「渡らなくなった野ガモ」の極
3)「活かし・活かされ」の極

 

個人と会社

キツネとタヌキの化かし合い?

1つめは、会社(あるいは経営者)が儲け主義というワガママを強引に押し通して、従業員を従属させる極。いわゆる「ブラック企業」における状況がその典型です。労働者からとってみれば、『蟹工船』(小林多喜二が書いたプロレタリア文学の代表的作品)の世界がそこにはあります。

『蟹工船』ほどの過酷な搾取ではなくとも、従業員が組織から与えられる数値目標の達成プレッシャーに常時さらされ、メンタル不調に陥っていくような状況は多くの職場で起こっています。「俺は社畜だ」というようなサラリーマンの自嘲の言葉もよく耳にします。

いずれにしても、こうした会社のワガママが過剰に突出する中では、働く個人と会社の関係性は健全であるはずがありません。

2つめの極は、逆に、従業員が利己的なワガママで組織にべったりぶら下がり、保身に浸る状況です。米国のIBM社には『野ガモを飼い慣らすな』という教訓があると言います。

ジーランドの海岸には毎年秋、南に渡る野ガモの巨大な群れがあった。
ある男は親切心から、野ガモたちに餌をやるようになった。
すると、一部のカモは南へ渡るのが面倒になり、
デンマークで冬を越すようになった。
3,4年も経つとそれらのカモたちは怠けて太ってしまい、
気づいたときにはまったく飛べなくなっていた。
IBMの伝説的な経営者であるトーマス・ワトソン・Jr.はこう言う───

「野ガモを飼いならすことはできるが、
飼いならされたカモを野生に戻すことは決してできない。
(中略)
私たちは、どんなビジネスにも野ガモが必要なことを確信している。
そのためにIBMでは、野ガモを飼いならさないようにしている」と。
(『IBMを世界的企業にしたワトソンJr.の言葉』より)

「渡らなくなった野ガモ」が組織のそこかしこに居ついてしまう。それが2つめの極の姿です。

私はよく、40代後半から50代、60代といったシニア層向けのキャリア研修や意識向上研修の依頼を受けますが、特に非管理職で、マンネリ化したスキルを引きずっている人たちのモチベーションを再喚起することはとても難しいと感じています。「20代、30代はがむしゃらに会社のために働いてきたんだから、会社に多少寄りかかっても許されるべき、いや、会社は面倒をみるべき」というマインドが固まっているようでもあります。

私はそういうときに、クラス全体に向かって次のことを投げかけることにしています──「もしあなたがいま、この会社の社長だったら、あなた自身を雇いますか? YES or NO」と。

この「蟹工船」と「渡らなくなった野ガモ」の2つの極は、いずれも働く個人と会社のネガティブな関係です。こういう関係のもとでは、会社側はもっぱら労働者をいかに効率的に安く多く働かせるかを考え、他方、労働者側はもっぱらどれだけラクに組織に居付くかを考えることになります。まさにキツネとタヌキの化かし合いです。会社と従業員は、この2つの極の間のどこかで折り合い、両者とも「しょーがねぇーなー」という冷めた感じで雇用・被雇用関係を維持していきます。

企業という船にさ 宝である人間を乗せてさ

そんな中、会社と従業員がポジティブな関係を築こうとするところもあります。3つめの極「活かし活かされ」がそれです。

ここでは、会社は従業員を「人財」として扱い、従業員は会社を「自己を開く舞台」としてとらえます。両者間では事業目的や事業理念の共有がなされ、たいてい、魅力的な経営者が求心力を創造しています。私はその典型を、本田宗一郎の次の言葉の中に見出します。

「“惚れて通えば千里も一里”という諺がある。それくらい時間を超越し、自分の好きなものに打ち込めるようになったら、こんな楽しい人生はないんじゃないかな。
そうなるには、一人ひとりが、自分の得手不得手を包み隠さず、ハッキリ表明する。石は石でいいんですよ。ダイヤはダイヤでいいんです。そして監督者は部下の得意なものを早くつかんで、伸ばしてやる、適材適所へ配置してやる。
そうなりゃ、石もダイヤもみんなほんとうの宝になるよ。
企業という船にさ 宝である人間を乗せてさ
舵を取るもの 櫓を漕ぐもの 順風満帆 大海原を 和気あいあいと
一つ目的に向かう こんな愉快な航海はないと思うよ」。
(『本田宗一郎・私の履歴書 ~夢を力に』“得手に帆を上げ”より)

働くことが成熟化していくために

私は世の中の多くが「活かし活かされ」型の関係性になってほしいと願っています。ただ現状は、世の中の多くの職場において、両者の関係性はネガティブゾーンから抜け出せない状況ではないでしょうか。

もちろん、労使の関係性をよくするために経営側と労働組合側との協議・交渉はあります。しかし、これは労働条件をどうするかといった外形的な処置に留まります。キツネとタヌキの駆け引きの域を出ない印象です。

私は、本当に働く個人と会社の関係性をよりよいものにしていく根本の鍵は、誰の中にも潜む人間の欲望の自制に目を向けるべきだと思っています。

経営者であれば、できるだけ人件費を減らして儲けたいと思う。また、労働者であれば、できるだけラクをして多くの給料をもらいたいと思う。そうした、いわば「欲望がはたらかせる負の重力」があるために、社会から「蟹工船」型や「渡らなくなった野ガモ」型はなくなりません。

平成ニッポンという国・時代に生まれ合わせた私たちが、「働くことの成熟化の形」を世界に示していく、後世に引き渡していくのを挑戦とするなら、この「欲望の負の重力」を「欲望の正の飛力」ともいうべきものに転換して、個と組織が共通の価値・理念に向かって協働することが求められるのではないでしょうか。欲望はその自制のしかたによって、わるい方向に作用もすれば、よい方向に作用させることもできるからです。

労働者も経営者も一人の人間です。会社という組織もまた、その人間の集まりです。持続可能かつ自己を開花させる仕事生活、持続可能かつ個々の従業員を活かす組織、さらには持続可能かつ個々の人間が活躍できる経済システムをつくりあげていくためには、詰まるところ、一人ひとりの人間が賢く欲望をコントロールし、賢く向かうべき価値を見定めることではないでしょうか。

そうした意味で、この社会において経済セクターの影響が突出するのではなく、一人ひとりの知力、感性、倫理観にアプローチしていく教育、文化・芸術、哲学・宗教のセクターが、もっと力を付け、賢く発信することが望まれます。教育を生業とする私自身も意を新たにしたいと思います。

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