自律と他律を超えていく「合律的」働き方とは 

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自律と他律

自律は善で他律は悪か

自律・他律といったときの律は、「ある価値観や信条にもとづく規範やルール」のこと。さまざまな事柄を判断し、行動する基準となるものをいいます。したがって───

[自律的]
=自分自身で律を設け、それによって判断・行動する
(そこには、意志的・能動的な態度がみられる)

[他律的]
=他者が設けた律によって、判断・行動する
(そこには、追従的・受動的な態度がみられる)

とまとめられるでしょうか。このことから一般的に、自律的な働き方はよいことで、他律的な働き方は悪いことだと思われがちです。しかし、そう単純に決めてかかってよいでしょうか。私は研修で、次のような表を出し、受講者に考えてもらっています。

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この4象限の空欄にどんなことが当てはまるか。だれしも「自律的×望ましい点」と「他律的×望ましくない点」はすぐに思い浮かべることができます。しかし、じっくり考えると、「自律的×望ましくない点」や「他律的×望ましい点」についてもいくつか出てくるでしょう。

例えば、自律が過剰にはたらくと、自己中心的な暴走や逸脱を生みます。自律的働き方がいつしか「俺様流」の独善・強要に変わるわけです。自律意識過剰の人ほど、プライドが高く、強引な判断でトラブルを抱えたり、組織・上司の意向が自分のものと異なると「こんな会社やってられるか」とすぐに切れてしまったり、そんなケースはよくあります。

また、他律的な働き方は、ときに効率的でミスの少ないものです。もしその組織が、過去から営々と築き上げてきたノウハウを持っている場合は、下手に個人が独断で動くより、組織の持つ暗黙知・形式知に従って(=他律的に)淡々と仕事をやるほうがいい場合もあります。ただ、それに安住してしまうと、他律的の望ましくない面がじわり出てくるわけですが。

いずれにしても、ここで押さえたいことは、自分の律も他者の律も完璧ではないことです。そしてさらに重要なのは、両者の律を「合して」つねに「よりよい律」を生み出していくことです。

自律と他律を高い次元で止揚する「合律」

さて、両者の律を合するとはどういうことでしょう。

ある仕事をやろうとするとき、組織や上司はこう考え、こう行なうようにと命令してくる(=他律的な)意志と、それに対し、「いや、自分はこう思うので、こうしたい」とする(=自律的な)意志が生じます。

そこで自分と上司なり組織なりが討議をして、双方が納得する答えをつくり出そうと努めます。そして何か新しい知恵を含んだアイデアが生じたとします。この自分と他者の間に生み出された第三の答えは、自律も含み、他律も含み、一段進化したものです。

その第三の答えは、双方の律を“合した”という意味で、「合律(ごうりつ)」的と呼んでいいかもしれません。自律的な「正」の考えに対し、他律的な「反」の考えがあって、その2つを高い次元で止揚する「合」が生まれたということです。

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ただし、「正」と「反」がぶつかりあっても、妥協で済ませる場合は「合」ではありません。「合」とは次元が上がって生み出された新しい何かです。

個々が合律的に振る舞う組織は変化に強い

事業組織は常に環境の変化にさらされていて、その環境適応・環境創造のために、新しいやり方を不断に生み出していかねばなりません。そんななか、一人ひとりの従業員が、まずは自律的な存在となり、自分の意見を押し出していくたくましさを持つことが求められます。しかし、上でみてきたように、自律が悪い面で過剰になると「俺様流」「自己中心的」「我流」の判断・行動が生まれ、害も生じてきます。

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「よい自律」とは、自己中心的に「我」を通すことではありません。オープンマインドで「他律」を受容しつつ、自分の考えをぶつけていくこと。向かう先は「合律」、すなわち両者にとってよりよい律の創出です。

自律した個と組織の協働によって、常に進化した律が生み出される状態を保持できるなら、その組織はしなやかに変化対応ができ、進化していきます。

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この自律(正)×他律(反)→合律(合)の進化は、観点を変えれば、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)のダイナミズムといってもいいでしょう。あなたが所属する事業組織には、個と組織の「合律的」ダイナミズムが健全に起こっているでしょうか。

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